癒しとは・・・ホリスティックな癒し

人は、本来、完全体として生を受けています。ここで言う「完全体」とは、生まれながらにして、不具や障害を持っていないということではなく、「完全に調和の取れた自然の状態・・光の完全な自己」のことを言います。たとえば、重度の障害を持って生まれてくる人は、それが他より劣っているのではなく、生を受けたときは、その人の段階で完全に調和の取れた自然な状態・・・光の完全な自己なのです。障害を持っていないことが完全で、持っていることが不完全と決めたのは、障害を持っていない人間だからです。「マイノリティ(少数派)が、劣っている、祝福されずに生まれた」と決めているのは、マジョリティ(多数派)に過ぎないのです。どちらも、生まれ出たその瞬間は、完全な光の存在なのです。

不調和は、「生きる」という営みの中で生まれます。自然な状態を放棄して、自らを規制していくことからストレスが生まれ、そのストレスが、自分を圧迫し、他を抑圧し、相互作用の中でより深いストレス状態の中に陥っていきます。不調和は、肉体・感情・霊性のレベルで起こり、その不調和が、噴出したものが、「病」です。

癒しは、不調和を調和に導くことによって起こります。肉体・感情・霊性のレベルに起こっている不調和をすべてのレベルで、調和に導くことです。

肉体・感情・霊性のどのレベルで不調和が起こっても、人は、本来の力を発揮できない状態に陥ります。本来の姿を継続させるために備わっている自己治癒力の低下により、心身の健康を維持できなくなります。

不調和を調和に導くことで、本来の力(自己治癒力)が活性化され、自ら、癒しが起こり、完全体である自己に戻っていくのです。

不調和を調和に導くテクニックは、色々あります。

西洋医学は、症状の出ている部分を解消し、肉体の本来の力を取り戻すため、薬や物理的療法を行います。東洋医学では、肉体をホリスティックに捕らえ、部分的治療ではなく、経絡や気の流れのから治療を試みます。代替療法の分野では、ボディワークといわれるものは、肉体のゆがみを修正することにより、自然治癒力の活性化を図ります。心理療法は、心理的な側面からアプローチし、芳香療法や音楽療法などはリラクゼーションにより、ストレスを解消することにより、自然治癒力を発現させます。レイキを含むエネルギーワークは、生命エネルギーの停滞が、自然治癒力を衰えさせるという観点から、エネルギーの流れを促進し、エネルギーブロックを取り去り、生命エネルギーを活性化させることにより、自然治癒力を引き出すものです。エネルギーワークの特徴は、肉体・感情・霊性のすべての部分にエネルギーレベルで働きかけ、単に肉体の症状を癒すに留まらず、その原因となる部分に癒しのエネルギーを送り、深い癒しを導くことにあります。

どの療法が完璧というものではなく、それぞれが、自分に必要なものを選択して、癒しが起こるプロセスを体験することに価値があります。

病気は、今までの人生の積み重ねの結果です。

「ちょっと待って、すこしは立ち止まって、自分の体や心のことも注目してよ。大切にしてよ。」という内なる叫びです。

病気という体験から得られるものはたくさんありますし、そこから、癒され、健康に感謝するというプロセスからもたくさんのものを受け取ります。

特別な能力者が、病や痛みを次から次へと取り去ってしまうと、このプロセスを踏むことができず、内なる不調和を癒すことができず、表面的な癒しだけがもたらされます。内なる不調和は残っていますので、また、いずれ、他の形で不調和が起こることになります。癒しは、その場の痛みを取り去るものではなく、長い人生を豊かに幸福に送るための気づきをもたらすものです。

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レイキⅣ ティーチャーコース受講者のレポート

  「私とレイキ」                 

私にとってのレイキとは、なんだろう?どんなものなのだろう?と、心を静かにして、じっくり感じてみると、それは、私のからだや心と「ひとつ」になっていて、私自身と切り離せない感じがします。からだの真ん中に芯がす~っと通って、内側から、ふわっと暖かいものが広がっていく感じ。やわらかく、明るく、穏やかで、それをからだに感じていると、「ありがたいなぁ・・・」と深いところから、感謝の念がこみ上げてきます。

レイキは暖かいお日様の光のように、すべての生き物を生かしている、宇宙から与えられている命の振動。すべてに分け隔てなく降り注いでいる愛と調和のエネルギー。そして、人それぞれの中にある美しさや輝きを引き出すもの。道具も必要とせず、簡単で、誰にもできる「癒し」。そんな風に、私はレイキのことを認識しています。

4年前に、私がレイキのアチューンメントを受けてから、レイキはさまざまな変化を私にもたらしてくれました。アチューンメント後、しばらくして、「あぁ、そうなんだ・・・」としみじみ思ったことのひとつが、「レイキって私の中にある井戸を掘り当てたみたいなものなのだ」ということでした。こんこんと湧き出る泉のように、私はいつもそれを受け取ることができるんだ、と、そのことが腑に落ちて、日常のふとしたことに「ありがたいなぁ・・・」としみじみ感じることが多くなりました。そして、私の外側にも目を向けると、たくさんの恩恵が無限に降り注いでいるのだということが、感謝とともに、実感として湧いてくるようになりました。

 レイキは、生活をしているあらゆる場面でも、私を助けてくれています。心配性な私は、ちょっとしたことにも不安が湧き上がって心が揺さぶられますが、そんな時はレイキを思い出し、感情に振り回されないように心を落ち着かせています。電車の中の雰囲気がなんとなく心地よくないときにもレイキ。ご飯をつくるときにもレイキ。自分の心や体のバランスが崩れたときにもレイキ。寝つきがよくないときにもレイキ。ペットにもレイキ。

いたるところ、あらゆる場面で、レイキを使わせていただいて、今ではレイキが私の生活のなかに、当たり前のように、しみこんでいる感じがあります。

 ただ、アチューンメントを受けた当初は、自分が何かとくべつな「能力」を手に入れたという思いあがった心と、こういうのは「怪しい」から人に受け入れられないのではないか?という構えがあって、自分勝手な思いでギクシャクとレイキとつきあっていたような気がします。そして、レイキというものに対して、どこか、まだ信頼を置けない私だったように思います。

そう、この「信頼」が私にとっては、いつも何度も浮上してくる課題で、疑っては、また腑に落とし、また疑っては、納得し、ということを繰り返しています。これは、もしかしたら、目に見えないレイキとかかわっていく上で、繰り返し経験することなのかもしれないと思っています。それでも、実際にレイキを通して、私が体験したこと、お腹の底から「あぁ、そうだ」と感じたことのひとつひとつは、私の中のレイキをだんだんとしっかりとした芯のあるものに、してくれているようにも思えます。

 レイキに出会ってから、私はもっと自分を「変えたく」なりました。生きていても、何か違和感がある感じ、満たされない大きな穴が私の中にあって、物質的には恵まれているのに、もっともっとと、物を手にいれて、それでも満たされない私。悪い感情が出てきて苦しくなる私。自分にOKが出せず、今のわたしじゃダメだという焦燥感。こんな自分をなんとかしたい、変わりたい、という気持ちがとても強くありました。

そんな私にとって、レイキの穏やかな働きがまどろっこしく感じられ、即効性のある解決方法をあちらこちらに追い求めていました。カウンセリングやフラワーエッセンス、エネルギーワーク、セミナーなど、色々なところに出向き、自分の中の問題を解決できるものを探し歩いていました。その中で出会った色々な「癒し」やそこでの出会いは、孤独感から、寂しくてたまらなかった私にとって、人とのつながりや温もり、気づき、そして、体験を与えてくれましたから、それも必要なものだったのだと思います。

ですが、今、振り返ってみると、レイキとの出会いが私の人生流れを大きく変えるきっかけとなったこと、そしてまた、レイキが大きな底力で私を支えてくれていて、いつでもレイキに立ち戻れるという「安心感」の土台となってくれたことは大きいように思います。

レイキは、穏やかに、ゆったりと、静かに流れる大河のように私を流れに乗せ、導き、河の端っこで、ぐるぐる流れに逆らっていた私を、ゆっくり、ゆっくりと、そして、静かに流れに乗せてくれました。ふりかえってみると、あんなに遠くから私を運んできてくれたのだ、と、感慨深くなります。

そして、力を抜いて、リラックスして、レイキの大きな流れに委ね、添っていけば、あれこれ心配して、まわりをコントロールしようとジタバタしなくてもいい。ちっぽけな私の頭の中の考えだけで頑張らなくていい・・・その時々に、私に必要なものが与えられる、「はからい」がある、ということがだんだん腑におちるようになってきました。

ただ、私の中に、まだまだ「委ねられない」私がいて、ちょっとしたことで不安になったり、怖がったり、心を揺さぶられる状態をいまだに、なんども経験していますが、それでも、すこしずつ、すこしずつ、私の内側にあって光っている「大きな私、大元の私」を感じられるようになり、その「大元の私」を信じる、という、練習を、繰り返し経験しているように思います。

いつ、どんなときでも、私の内に、私のことを見守ってくれている、どんな私のことも見捨てずに、支え、愛してくれている「大きな私」を、このからだの奥に感じられるようになったのは、私にとっては、自分を取り戻す大きな贈り物でした。

ずっと、ほんとうの私から私を切り離して、私が感じることをシャットアウトして、自分をごまかしてきた私にとって、この「私が私でいる」という感覚を、ずっと求めていたんだなぁ、と思います。

ときには「偽者の私」の声が大きくて、それに翻弄されてしまう私ですが、必ず「大元の私」に立ち戻ることができる、というのは、私にとってはとてもおおきな変化でした。

アチューンメントを受けてすぐに、せっかく使えるようになったレイキだから、「レイキで誰かを癒してあげたい」という気持ちになるのは、私にとっては当然の流れでした。「ひとを癒したい」という気持ちには「悪意」はなかったのですが、今、振り返ると「本当は私が癒されたい」という気持ちからのものでした。私自身の欲しいものを、人を通して受け取りたい。そして、喜ばれたい、感謝されたい。認めてもらいたい、と、見返りを期待している私がいたように思います。でも、それは私の満たされないものを、他者を通して受け取ろうとする依存であって、ほんとうの癒しにはならないことに、気がつきました。

最初、ティーチャーになりたい、と思った動機の中にも「とくべつな能力を持った私になりたい」というのがあったかもしれません。ありのままの自分にOKを出せないから、「とくべつ」になって、まわりから認められたい、そんな気持ちもあったかもしれません。  

でも、それだけではなく、こんなに素晴らしい内面の変化や、やすらぎを与えてくれたレイキのことを、もっと深く知りたい、実感してみたい、というのも大きな動機のひとつです。受け取る立場ではなく、伝える立場にたって、初めて見えてくるものがあるはず、それを体験してみたい、と、そんな気持ちがありました。

そして、もうひとつのきっかけとして、Y&Yのホームページのレイキ・ティーチャーコースの案内ページにあった「あなたも光の天使になってください」という言葉が、私のうちがわの深いところに響いたという体験があります。それを見たとたん、「私もなりたい、光の天使になりたい、そういう私になりたい」と、からだの奥深くから揺さぶられるような感じがこみ上げてきたのです。まだ、具体的にティーチャーになってどんなことをするか、というビジョンや目標は描けてはいないのですが、ティーチャーになることの「責任の大きさ」や、私自身の「ありかた」と、この経験は深くつながっている気がします。

こんなふうに、私の動機には、純粋でないものも含まれていたけれど、それでも、レイキと出会ったことが、私にとっては、とても大きく、深く、大切な経験で、これからもレイキとともに進んで行くことが、今の私にとって、いちばんしっくりして「私らしい」感じがしています。

ところで、この、ティーチャーコースのために練習セッションを積み重ねてきましたが、今のわたしからみると、最初の頃はずいぶん、自分勝手な意図を入れていたなぁ、と、練習させてくれたヒーリーさんには申し訳なくなります。「してあげている」という思い、相手よりも優位にたつ気持ちを持っている自分が見えてしまいます。そして、それは、今でもうっかりすると、持ってしまう気持ちですから、いつも注意深く、自分に気づいている必要があります。

また、練習を続けていく途中で、自分の良くないところばかりが目について、すっかり自分のことを信じられなくなり、練習はおろか、レイキが出来なくなったことがあります。  

こんなに欠点ばかりで、要らないものをたくさん溜め込んで、汚れている私が、レイキをしてもいいんだろうか?と、自信を失ってしまいました。自分に対する、疑い、自己卑下、罪悪感、非難の心でいっぱいでした。それでも、また、ヒーリングを始めようと、木本を立て直すことが出来たのもレイキのおかげでした。渦中では、自分の存在そのものが汚れている、いけないもの、としか見えず、とても苦しかったのですが、私にたくさんの欠点や良くないところがあっても、私はレイキを受け取って、癒されているということがふっと自分の中に落ちてきました。

「生かされている」こと、生きているだけで「愛されている」こと。命そのものが愛や光で、かけがえのないものだということが、私にも実感として味わえるようになってきました。そして、「無い、もらえない」と欠乏感をいつも味わっていたのが実は「受け取っていない」のだなぁ、ということが、少しずつ、わかりかけてきました。

まだまだ、私には、許していないところや、受け入れていないところがたくさんあります。けれど、自分の欠点や悪いところも、理解し、許し、受け入れる、そのことを、ひとつずつでも、こつこつと自分と向き合って、自分をもっと、許せるようになる、愛せるようになる、そして、自分を「生かせるようになる」ということを意図しています。

レイキの練習を通じて、学ばせてもらったことも、たくさんあります。ひとつは、レイキの働きで、ヒーリーさんの本来ではないものが溶けていって、変化が確実に起こるということです。一回のセッションでは、身体や心の不調が楽になった、というぐらいの変化なのですが、継続して、レイキを受けておられるうちに、内側に隠れていた本来の光がだんだん現れてくるように、自分自身を取り戻していかれ、まるで眠っていた人が目覚めていかれるような、変化があります。一回一回のヒーリングでは劇的なことは、起こっているようには見えなかったのですが、継続してレイキをさせていただいた期間をふりかえってみるとヒーリーさんから受ける印象が、本当に明るく、やわらかくなってこられるのを感じます。「以前の私と、今の私とはぜんぜんちがう」「まわりのひとからもそう言われます」「今のわたしには、感謝がいつも湧き上がってくる」という言葉が返ってきて、ほんとうに驚いています。また、ご自分の中に眠らせていた「本当はしたかったこと」を思い出され、なかなか踏み出せなかった一歩を踏み出した方もおられます。

静かだけれど、自然な流れで、確実に変化する、本来の力や、その人らしさ、輝きを取り戻していかれる、ということを、ヒーリーさんを通して見させていただいき、さらにレイキの素晴らしさを認識することができました。

それと、最近、「そうなんだなぁ・・・」と感じたことに「共に癒される」ということがあります。ヒーラー側も、ヒーリー側も、共にレイキに包まれることで、調和を取り戻していくということが、だんだん、実感としてはいってきたようにおもいます。最初のころは、レイキからヒーラーへ、そして、ヒーラーからヒーリーへ、という一方通行の流れをイメージの中でつくっていましたが、今は、レイキはヒーラーとヒーリーを共に包み込み、双方に癒しをもたらしてくれているのだ、ということが腑におちるようになりました。そのことで、知ったのは、ヒーラーもヒーリーも、お互いに命としては対等なのだ、ということでした。

またレイキを通じて、自分の癖や欠点にもたくさん気づくことができました。自分の中の「認められたい」「感謝してほしい」という動機でヒーリングをしてしまったり、「してあげる」という驕った気持ちがあったり、自分の意図を入れてしまったり、ヒーリーさんの感情に同情してそれに溺れそうになったり、恐れが湧いて、その感情に巻き込まれてしまったり、悪いところばかりを探して、そこを消そうとやっきになったり、レイキではなく、自分の力でなんとかしようとしたり、相手の了解を得ずに勝手に遠隔ヒーリングを送ってしまったり、自分の弱さや未熟さから、間違った経験をたくさんしました。

 その経験を経て、気がついたことは、私はただ、レイキを中継するだけでいい、私の個人的な意図はすべて脇において、レイキとひとつになっていることを実感したら、あとは、パイプとなってレイキにおまかせするだけでいい、ということでした。

宇宙のはかりしれない大きさや真実にからすれば、私の思いや意図など、取るに足りない。自分個人のちっぽけな「思い」を入れないこと。無心になる、それに尽きるのだということが納得できてきました。(とは、いっても注意深くしていないと、つい自分勝手に「思い」を入れてしまいそうになりますし、エゴにとらわれてしまいそうになります。無意識的にも・・・) このように、レベルⅠの基本中の基本として教わったことが、いかに大切か、そしてそれを実践していくことが、いかに難しいことかを身をもって感じました。

 今、こうして、私とレイキについて振り返ってみると、あのころの私から、今のわたしは、想像もできなかったことです。この四年の間にも、絶えず私に癒しを送り続けてくれたレイキ。堅い岩を一適一滴の水が穿つような、私にとってはそんな変化でも、レイキはたしかに、私を支え、今の私に導いてくれました。

これからの私にとっての課題は、まだ理解できていない、気づいていない自分と向き合うことです。自分を知ること、そして、自分を受け入れること、許すこと、愛すること。

今まで見ないふりをしてきた、自分の弱さやごまかしに気づいて、私が私じしんを理解し、受け入れて、自分の足で自分をささえ、しっかりと私で生きる、そのことが、何よりも大切なことだと気づきました。ともすれば、甘えや恐れで、自分から逃げてしまう私ですが、レイキに出会う以前の私には、もう、戻りたくはありません。しっかりと私じしんを生きること、そして、どんなときも、あたたかく、やわらかく、私の命を支えてくれているレイキと、ともにいることを、私は選択します。

レイキとの出会い、出会いの不思議、宇宙のはからいと導きに心から感謝をささげます。ありがとうございます。ありがとうございます。

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レイキⅢ復習会の感想

先日はレイキ復習会Ⅲをありがとうございました。実習の時に先生から私について「調和してヒーリングするのが得意なのよ」と言われて、嬉しかったのは勿論ですが、それと同時に自分の在り方についてちょっと自信が持てました。
 子供の頃から「自己主張しなさい」と言われてきたのですが、どうも理路整然と私がどう考えているのか?どうしたいのか?と表現するのが苦手で、表現しようにも考えるほどに何が自分の本音なのかわからなくなる、という状況でした。ですので「自己主張」は苦手科目でした。でも、今回、「他者と調和する」という得意分野(?)を見つけて「(自分でイメージしていた)自己主張」だけが「自己主張」じゃないや。と思えてとても納得できました。ありがとうございます。とりあえず、もう堅苦しく考えずに、その場で感じた分を表現して行こう、という思いに至りました。
 それにしても、今回のアチューンメントはとてもパワフルでした!アチューンメント前の瞑想の時から、背中の滞りのある部分にモゾモゾしたエネルギーが集中して、そこを中心に上下に背骨が伸ばされた感じがして背中がすっきりしました。「鞍馬山のエネルギーをおろして来て~」の時は、何回か天井が「パキッツ!」と鳴って、音がする度に違う感触のエネルギーがやってきました。エネルギーによって、体が膨らんだように感じたり、外側から圧迫されるように感じたり、さまざまでした。本当に面白かったです。
 実習で、とても泣いておられた方のそばに行った時、私自身も同じような感情になって、泣きそうになりました。そのことを一緒に組んでヒーリングして下さった方に話すと、「ヒーリングする側にも同じ部分があって、それが共鳴している」と教えてもらえました。だから、いろいろな思いを体験して知ると、相手のそれと共鳴することが出来て、相手の気持ちもわかるようになるのかな?と思いましたが、どうなんでしょうか?
 一緒に組んでいただいた方たちにも、とても感謝です。

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レイキⅡ復習会の感想

先日はレイキ復習会レベルⅡありがとうございました。テーマが「怒り」という事を聞きまして、あれからちょっと考えてみました。
 復習会の日は「自分の怒り」だけしか考えられなかったのですが、そういえば家族の中に「怒り」があると思いつきました。父親が今「がん」を患っているんですが、「癌」という病気の感情的な原因が「怒り」である、と以前どこかで聞いたことがあります。それが本当かどうかはわかりませんが「自分が正しい、が原因の怒り」が溜まっているような気はします。それとヒーリング実習の際、パートナーの人が「ここが気になる」と指摘してくれた部分が、ちょうど父親の病原だったことにも思い当たって、こうしてメールしてみることにしました。だからどうという事は無いのですが、人と人が繋がっているという、証のひとつでもあるのかな(良い悪いは別にして)?と思ってみました。
 レイキヒーリングは、回を重ねるごとに面白くなりますよね。今回の復習会では、ほんとに「使わなきゃ損!」て思ってしまいました。本格的なヒーリングではなく、毎日ちょっとしたことでも使い続けていくと、光が通りやすくなったり、何か変化があるんでしょうか?何でも良いから使っていこう、と思いました。
 また、次回もよろしくお願いします。

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レイキⅠ復習会の感想

こんにちは。土曜日はレイキの復習会ありがとうございました。 そこで気づいたことなんですが、まず、私もやはり「ピリピリしたり、気持ちの悪い感じ」に捕らわれて、その変なエネルギー(?)をどうにかしようと思っていた事に改めて気づかされました。「私がどうにかしてやりたい」という「我」が出てくるんですよね。その「我」出てきたことにも気づかないで居るというのがとても、怖いことだなあ、と思いました。
 これからは光とつながる事に意識を向けるように、気をつけていきたいと思いました。
 そして面白いことに、この事が今習っている「合氣道」のヒントにもなったんです。ここで説明して申し訳ないのですが、「合氣道」では、相手の氣を導いて、投げたり倒したりするのですが、そのときに、目の前の相手に捕らわれてしまって、うまくいかないものなんです。
 本来は「自分の中心を保って、相手の氣と合流して、導いて投げる」が、相手に捕らわれた瞬間に自分の中心が無くなってしまうんです。レイキで相手のネガティブエネルギーを意識し過ぎると、自分が疲れたり、相手が重く感じたりする、エネルギーが流れないのと同じなんですよ。「光とつながっている事に意識を向ける」と、エネルギーが静まってそれが浸透していく事と同時に相手に飛躍していた自分が、自分の中心に戻っていく様に感じました。で、気づいたんですが、合氣道でも「常に自分の中心は保ったままで居ることが大切」でした。こじつけの様かもしれませんが、「合氣道は氣に合するの道」で、その指す「氣」は「相手の氣」ではなく、「天地の氣」だと改めて気づかされました。
 レイキと関係無い事を長く書いてしまってすみませんでした。でも、これが私の今回の気づきだったもので...今度、光とのつながりを意識して、稽古してみようと思いました

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「Foot Prints」

「Foot Prints」

ある夜、私は夢を見た。私は、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上に二人のあしあとが残されていた。
一つは私のあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
私は砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
私の人生でいちばんつらく、悲しいときだった。
このことがいつも私の心を乱していたので、私はその悩みについて主にお尋ねした。「主よ。私があなたに従うと決心したとき、あなたは、
すべての道において私とともに歩み、私と語り合ってくださると約束されました。

それなのに、私の人生の一番辛いとき、一人のあしあとしかなかったのです。
一番あなたを必要としたときに、
あなたがなぜ私を捨てられたのか、私にはわかりません」

主はささやかれた。
私の大切な子よ。私はあなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。ましてや、苦しみや試みのときに。
あしあとが一つだったとき、私はあなたを背負って歩いていた。」


あしあと<Footprints>

幾百万もの人々を感動させた「あしあと」という詩は、長い間、作者不明とされていました。ところが思いがけないところから作者が判明したのす。カナダに住むマーガレット・パワーズさんは、夫と娘が水難事故に巻き込まれ、自分も腕を折るという試練の時「この詩をお読みすれば、きっと励ましになると思うの」と看護婦さんが夫に読んでくれたという詩を開いて驚きました。
なぜならそれは彼女が若い頃に作った「フット・プリント(あしあと)」という詩だったからです。

●マーガレット.F.パワーズ/著 松代恵美/訳
●B6判169ページ 定価1,000円

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ライトワークセッションの感想 4

クイーンズ・オブ・グレイス http://www.qograce.jp/index.html の高瀬千恵さんの感想

<5回目のセッション>

5回目のセッションでは、大きなレインボーオブシディアンを中心に、上にはスノーフレークオブシディアン(?)、下には光そのものを感じさせるゴールド系カルサイトのクラスター、左右には小さなタンブル状の黒い石を配置しました。

石は全て「Y&Y」のお部屋にあったものを並べたのですが、左右に配置したタンブル状の黒い石は、先生にとっても「見たことのない石」だと聞き、この石が私の為に出張してきてくれた特別な石であること、自分が今日のセッションに際して、特別な出会いを与えられたことを知りました。

この時のセッションでは、過去の4回と違って、最近使用している3種類のボトルを併用させていただきました。1つ目は「完全な浄化」の為のエッセンスで、2本目は「高次のエネルギーとの同調を助ける」為のエッセンスです。これらはセッションの直前に使用しました。そして直感のレベルから、或る特別なエッセンスを併用すべきと感じたので、「受容性を最大限に高める」副次的な効果のあるボトルを身につけて、その上でこの特別なセッションへと臨みました。

セッションの前半は、自分とは異なる方向性のヒーラーやマスター(肉体レベル、或いは治療という意識で活動されている方々)から、受けていた影響が解放されました。これは私自身のスピリチュアリティーを表現していく上で、障害になっていたエネルギーだそうです。そして、とても深いところ(第2チャクラ)にあった、生と死の狭間のような体験のエネルギーも
解放されていきました。痛みも恐怖も伴わずに、ただそっと、穏やかに...。

その後は左の腹部から、何かが放射されているような感覚がありました。そのうちに感覚は和らいで、左サイドからは、光と、優しさのエネルギーと、白い花のような香りがやってきました。

私がその事を伝えると、先生は、今日もマリア様が降りてきていること、今は左側にいることを教えてくれました。(マリア様は私にとっては、マスターに当たる存在で、今世において最大限のサポートを与えてくれている存在の1人です。これまでも度々、降りて来てくれたことはあるのですが、この時はもう、以前のようなバラの香りとしてではなく、白い花のイメージと香りとなって感じられました。それはまた、私自身の変化を現しているようでもありました。)

私の心は次第に静けさを増していきました。それは「人として心の静寂さを体験している」というレベルではなく、天界の存在としての静寂さであり、完全なる静けさでした。

次には既知の感覚(私は全てを知っているという感覚)がやってきました。喜びと共に、両の眼からは涙が溢れ、「ずっとずっと知っていた」という思いに包まれました。「あなたは誰?」と問われれば、「私です」としか言いようのない境地、名付けることなどできない存在、神としての私がいました。

この間、先生は「封印が開かれていく...最後の封印が今開く...」と自分の見ているもの(私が神性のレベルへと移行していく様子)を伝え続けてくれました。

完全な至福に包まれた私には、やがて動きが現れました。ハートの奥から連続してエネルギーが突き上げていき、ハートが開かれていったのです。

私の体は今度はゆっくりと重さを増していきました。神性のレベルからグランディングが始まったのです。私は涙を流していました。私は私を心から愛しているので、3次元の私にグランディングすること、 そこでの私と再び1つになることは、特別な喜びだったのです。自分自身への溢れる愛を感じながら、自分を抱きしめるような思いで、私は地上へと、愛するものの中へと降りていきました。

(この時になって、今世で初めて、自分の名前に違和感を覚えました。それはもう、私の名前ではないよう思えたのです。どんな言葉でもそれを言い表すことなどできないのに、名前を持っているということ、名付けようのないものが名付けられているということに、この時初めて気付かされたような感じでした。)

グランディングの後は、ただ静かで満たされていると言う感じでした。その瞬間に全てが存在し、自分自身のエネルギーに溢れ、喜びに満ちている自分を感じました。

セッション後は、「マリア様を呼ぶ必要はもうないのだ」と感じました。私は「マリア様は私の中にいる」こと、「道は私の中にある」ことを知っていました。何かを知ろうとか、求めようとか思う気持ちも感じられず、ただただ、私は満ち足りていました。

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<後日談>

あの時、Y&Yで出会った2つの石は、一見すると真っ黒に見えましたが、濃い色ながらも実は透明度のある石でした。自宅にあった「クリスタルバイブル」という本で調べたところ、この石はブラックオブシディアンの1種である、アパッチティアー(Apache Tear)らしいと分かりました。ブラックオブシディアンは「霊的な力を肉体へグランディングさせ、地上に現す石」だそうです。その過程ではあらゆるネガティブエネルギーを増幅させ、直面させた上で解放へと導くそうですが、アパッチティアーはブラックオブシディアンより穏やかに作用するのだとか。

「双子の石」といった感じで、セッション後は「ソウルストーン」、「パートナーストーン」といった印象を受けました。

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<6回目のセッション>

翌日行われた6回目のセッションは「やること残っているのかなぁ?」と思いながら臨みましたが、霊的なエネルギーの乗り物である、肉体レベルでの調整が行われました。

石を選ぶ時、真っ先に目に付いたのは、大きなクリスタルのジェネレーターです。
クリスタル自身は塔のイメージで、内側のファーデン(模様みたいなもの)は天上へと向かう階段のようで、見た瞬間に惹かれてしまいました。そしてジェネレーターの左斜め前には、濃い目のローズクォーツの原石を、真ん中にはパイライトの原石を、右斜め前には(亀を連想させる)茶色の貝を配置しました。

この状態でセッションを受けようと思ったのですが、お手洗いを借りると、今度はそこにあった大きな白い貝が気になって、最初に目に付いた1つをジェネレーターの背後に配置しました。先生にも言われましたが、「神殿」のような石の配置でした。

この日は(1回目から4回目のセッションのように)ボトルも何も使わず、そのままの状態でセッションを受けました。途中で何度か左胸を刺されるような感覚がしたり、体の重みを感じる場面もありましたが、セッションの全体はとても穏やかに進みました。どんどんグランディングしていく感じで、終了時には「腰の据わった」、或いは「満ちている」といった表現がピッタリの状態でした。

5回目、6回目のセッションでは本当に大きく変わったようで、オーラソーマのボトルでも、惹かれるものが大きく変わってしまいました。愛と光という、完成を意味するボトルがソウルボトルに現れたり、3本目のボトル(Here &Now)が愛とヒーリングによる奉仕を現すものだったり、やっと自分の魂が姿を現したのを感じています。

この夜に参加した新月のワークショップでも、自分の翼で到達地点(私が完全に私を表現して生きている状態、奉仕している状態)へと辿りつき、そのレベルからグランディングするという経験をしました。また、そこへと至る道が開かれたのを感じました。私にとっては、「セッションの続き」といってもいいほどの経験でした。

クイーンズ・オブ・グレイス http://www.qograce.jp/index.html
の高瀬千恵さんの感想

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ライトワークセッションの感想 3

クイーンズ・オブ・グレイスの高瀬千恵さんの感想 

1回目から4回目までのワークセッションは、それぞれにユニークで特別な体験でした。

1回目の時、私の配置した石は大きなクリアクォーツのクラスターを中心に、ローズクォーツやアメジストで、この日のセッションでは横になった瞬間からヒーリングが始まりました。それは私自身、ガイド達を呼んだ時によく経験する「全身同時進行」という感覚でしたが、Y&Yという特別にエネルギーの高い空間にあって、他の場所では経験できないほど、はっきりと具体的に、そして効果的にスピリットが働きかけてくれているのが分かりました。(エネルギーが本当に高く、よりスムーズに「流れている」中でこそ、スピリットもこのレベルで働きかけることが可能となるのだろうと思います。)しばらくすると全身に、押さえつけられているかのような重たい感覚へが生じ、やがて解放が起こりました。私自身には1つ1つの意味は分かりませんでしたが、先生の話では、他者から受けていた様々なエネルギー(関係性の中で生じた思念など)が解放されたとのことでした。そしてエネルギー手術を受けているかのように、その後も様々なレベルでの浄化・解放・バランスが続きました。

翌日受けた2回目のセッションでは、アトランティス時代の過去生と関係するのか、アクアオーラを中心とした青い石たち(ブルーカルサイト、だったと思います)が気になりました。この回のセッションも、私ほど「やりがいのある」人も珍しいと言われたほどに、理解を超えた様々なレベルのヒーリングが同時進行しました。右の子宮と左の子宮、右肩(右腕の付け根)、手首、左右の上腕、腿の内側、腎臓もしくは膀胱付近、鼻の辺り、首の裏、ミゾオチ、両膝、右足首、腰、こめかみ、ハート...と次から次へとスピリットたちが働きかけてくれました。そして或る瞬間に先生から「インナーチャイルドらしき、無表情の子供が出てきた」ことを教えられました。自分ではよく分からなかったので、「ふ~ん」と思っていると、先生は続けて「横に女の人が見える。マリア様かな...。」と話し出し、次の瞬間には「(マリア様が)子供を抱いて連れて行った」ことを教えてくれました。この瞬間に私の目から自然と涙が流れ、(感情は伴いませんでしたが)大人である私自身にも癒しが起こったのが感じられました。

そして2月以上空けた3回目のセッションでは、名前は分かりませんがラピスのような色をしたゴールドの混ざった色合いの石と、パイライト、ブラウン系のシトリンクラスターなど、暗色の石を中心に配置して横になりました。この日も喉を除き、ありとあらゆるところへの働きかけが行われました。過去の2回のセッションでも同様でしたが、左右のエネルギーバランスに関係しているのか、或いは過去と未来,男性性と女性性というように(エネルギー体の左右で)固有のテーマに添ったヒーリングが必要なのか、セッション中は右半身と左半身それぞれを大きな範囲としながらヒーリングが行われているようでもありました。
(その為、半身のみが熱くて、あとの半身は熱感を伴わずに、ただ「動いている」という状態が繰り返し訪れました。)この回のセッションでは、第5を除く全てのチャクラにエネルギーがチャージされましたが、ハートチャクラのみ、斜めにエネルギーが入り込んでいきました。また、第3チャクラから「赤い髪の女の子(小人)」が旅立っていったそうなのですが、セッションの終盤に入ると、これまでに1度も経験したことのない「肉体レベルで全身疲労したかのような感覚」に襲われ、セッション終了後も数分間、この感覚が続きました。

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私はこのセッションの3週間ほど前に、他のワークを通じて、「自分自身の光と闇を統合し、神性と1つになる」「自分自身が肉体を持ったまま創造主として生きる」というプロセスを開始していました。そして、「自分が創造主」であるが為に、(創造主である)私の意図するようにエネルギーを動かしてくれる「お使い天使」と呼ばれる一団が新たに私のサポートに
付いてくれたのですが、過去2回のセッションを担当してくれた、これまでのガイドたちは全て私の元を去っていました。そのせいか、この3回目のセッションはいつも以上に濃厚な内容でした。(先生からも「密度が高い」「いつもの2倍ぐらいのヒーリングが行われていた」と言われました)

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そして3回目のセッションの翌日は、4回目のセッションでした。この日はピンクソルトの岩塩を中心にして、(昨日も並べた)斑点模様のあるピンクの石をその前に、大きなドロップカットのアメジストを右に、グリーンアベンチリンを左側に配置してセッションが始まりました。過去3回と同じように全身の殆ど全てで同時にヒーリングが行われましたが、今まで以上にエネルギーの高まりが感じられ、セッション中はサウナの中にいるような熱さが続きました。(左だけが熱かったり、右だけが熱かったりと半身単位だったので耐えられましたが、かなりの熱さでした。)この時のセッションでは、先生とのお喋りの中で、これまでのガイドたちと別れたことによる「スピリチュアルな喪失感、(悲しみはないが)淋しさを感じている」と口にした途端、新たなスピリット(お使い天使たち)が左のハートからエネルギーを解放してくれました。それ以外では、左腰に数日前から姿を現していた過去生からのエネルギーが解放されたり、右腕の2箇所にエネルギーレベルのメスが入れられたり、ハート付近に幾度となく重たい感覚が生じたりしていました。そして中盤から後半に差し掛かった頃、「口を開くのさえ嫌になるほど全身が重苦しい」状態に襲われ、セッション内容として設定した範囲外のこと(今の自分自身のレベルで浄化やチャージが行われるのではなく、エネルギーレベル自体が新たなものへとシフトアップする)が行われました。この日はセッションだけで3時間ほどかかりましたが、時間もさることながら、本当に濃い内容のことが行われていたので、翌日まで眠たくて仕方がなかったです。
そして、4回目のセッションを終えた夜には、これまでになかったことが起こりました。友人宅に泊まっていたのですが、夜中に眼が覚めた時、自分の内から自然と1つの言葉が生じました。それは「私が私自身であることこそが最大の奉仕」というものでした。

私は現在、レイキマスターとしてスタートを切っていますが、「自分は本来、もっとスピリチュアルな人間である」と感じており、本来の私を存分に発揮するには、レイキという枠の中だけでは収まりきらないことを感じています。しかしレイキと出会った当時、自分自身が左脳派人間であったこと、サリンという新興宗教の被害者たちの現状を普通の人以上に知っていることなどから、「レイキは素晴らしいものだから、分かる人だけ分かればいいというのはもったいない。頭で考える人にとっても少しでも理解しやすいように...」「人を説得することはできないし、そんなつもりもないけれど、少しでも受け入れやすいように...」と伝えてきました。

でももっと、自分の本当の姿を現していくことが、私自身と広い意味での家族に対する最高の奉仕なのだと思います。

これまでの私だったら、このような言葉は(ガイドなど)自分の外側からやってきたことでしょう。しかし、「あなたが...」ではなく、「私が...」というように、この言葉は私の中に最初から存在していました。

「神性と1つになり、自らが創造主として生きること」を目的とした新たなワーク、そしてこのスピリチュアルワークセッションとが、それぞれに相乗効果を発揮して、自らのスピリチュアルな道のりがますますサポートされていることを感じます。

右腕のメスが効いたようで、これを打っている今も、エネルギーの解放が続いています。次にお会いする時にはまた、新たな状態へと移行していることでしょう。残る2回で何が起こるのか分かりませんが、今からとても楽しみです。時間のかかる忙しいヒーリーですが、今後も宜しくお願いします。
本当にありがとうございました。


クイーンズ・オブ・グレイス http://www.qograce.jp/index.html
の高瀬千恵さんの感想

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光のワークショップ感想、M.Tさん

光のワーク、ありがとうございました。
あの日はもや~としていて不思議な一日でした。
説明のしにくいビジョンが定まらないので、感想できませんでした。
あえて、焦点を定めず流れるスピードのまま受け止めるようでした。
ただおそろしくきれいな青空に雲か羽が沢山浮かんでてそれを上から見ているのが気持ちよかったです。

個の意識があまり感じられなかったです。
蔵王堂の瞑想(ヒーリング)は、確かにパワフルで、振動が止まらないまま帰りました。
いっぱい誰かきていっしょにやってる感じがしました。やたらリアルでした。

メッセージを受け取りましたが、やはりという言葉で、それをなしとげるまで秘めておこうと思いました。
ただアドバイスで「変容を恐れないで」といわれました。
なぜか発言しないでおこうと思っていました。話さない自分を味わいたかったのです。
終わってから立ち上がると、上から水をぶっ掛けられたような感じがしてびっくりしました。
呆然としました。なんとか普段にもどり、部屋を出てから、やっとNさんとMさんとしゃべりまくったのでした。
なんで今までしゃべれなかったんだ~と思いました。

次の休みの日、すぐさま蔵王堂に電車で行きました。途中まで定期もあるしという軽いノリでいったのですが、怖いけど安心という感じで、大権現様に懺悔しまくりました。
帰り、いきなり「お試し」にあい、わなわなしましたがなんとか乗り切れました。
なんだか、すごく不思議なワークでした。いまでもうまく言えません。感想になってないと思いますがお許しを。

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ライトワークセッションのご案内

このコースは、スピリチュアルワークセッションの名前を変更して、回数を9回に増やしたものです。

ライトワークセッション・・「今、ここ」を生きるために・・

(魂を光り輝かせ、未来をより豊かに)・・・9回コース

ライトワークセッションは、過去から順に九つのプロセスを踏むことによって、現実の変容をもたらし、未来を創造する力になります。自己を解放し、未来を開くセッションです。

本来の魂の光と力を取り戻し、「人生の主役になる」(マスタリー)・スピリチュアルな意識の覚醒への道をサポートします。ハイヤーセルフとのつながりを深め、聖なるスピリットたち(高次元の光の存在たち)とすべての次元で「ひとつ」になる体験をすることができます。

1回目(過去)   肉体のエネルギー・感情のエネルギーを整える・生理的な衝動を整える・ポジティブ生命エネル       ギーを安定させる・身体の弱さ(不安)を克服・恐れのイメージとあいのテーマの調整・自律性を回復する

2(現在)   センターを育てる・チャクラの浄化・チャージ・純化・男性性と女性性のエネルギーの統合、調和・ 地球のエネルギーとハイヤーセルフのエネルギーの統合・調和

3回目(未来)   グランディング・フェイシング(向き合う)/新しいリアリティへ、問題に、正しいフォーカスへ・オーラ体に働きかける(肉体・・・・意識と肉体が一致/感情体・・・・コンタクト&バランス/精神体・・一般化、逃避、合理化のないマインドを感じる/霊体・・・・ライトボディを安定させる。恩寵を受けとる)

4回目   スピリチャルガイド(スピリット)のエネルギーのアチューンメント・センタリング(ハイヤーセルフとのつなが りを深める)・チャクラのバイブレーションを高める

5回目   魂のハートの中を旅する・ライフビジョン・バースビジョン(人生の目的を見つける)・グランディング(あなの道を見つけ、歩き出す力を与える)

6回目   あなたのマスター・守護天使を見つけて、関わりを育てる・メッセージを受け取る・未来のあなた(フューチ ャーセルフ)とのパートナーシップを育てる

7回目   パートナーシップ・チャクラの可能性を開く・スピリチャルチャレンジ・シンクロニシティ

8回目   過去世のエネルギーをマスタリー・自分で現実を創っているという自覚・過去世の自分から自分へ・転生 を通じての贈り物・今生の良い思い出が思い出される・内なる知恵を目覚めさせる

9回目   体の中にあるカルマ、エネルギーブロックとの対話・心と体のふれあい・・・錬金術    その人の意識がヒーリングに参加することで見えてくる光・自らの光を拡大する

1回 2時間 (カウンセリング時間を含む)   

セッション料   1回目 18,900円 2回目以降 15,750円(当日お支払いください)

(セッションの間隔は、一人一人異なります。1回目のセッションのときにセッションの進めかたをリーディングさせていただきます。)

セラピスト  岡本ゆう子

お問い合わせ・お申し込みは、Y&Yヒーリングセンターまで  

 京都市中京区一之船入町537リベルタス御池301号      TEL: 075-211-7962   FAX: 020-4668-8454

E-mail: info@yandyhc.com

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